こんにちは。京都市聴覚言語障害センターです。2019年6月15日(土)に、国際医療福祉大学の小渕千絵先生をお招きし、「聴覚情報処理障害(APD)とは?」というテーマで講演していただきました。
APD当事者やそのご家族、学校関係者など大勢の参加があり、制限時間いっぱいまで質疑応答が続きました。APDに対する関心の高さを感じるとともに、専門的に相談できる場がいかに少ないかということを痛感しました。
今回は、小渕先生の講演で教えていただいたことを参考にしながら、『聴覚情報処理障害(APD)とは?どのような支援方法があるのか?』についてお伝えします。
聴覚情報処理障害(APD)とは
聴覚情報処理障害とは、聴力は正常(=聴力検査では問題ないと言われる)であるにも関わらず、学校や職場などの日常生活場面で聞き取りにくさが生ずるという症状を呈します。
APDの特徴的な症状は下記の通りです。(「APDの理解と支援」小渕千絵、原島恒夫より引用)
・聞き返しや聞き誤りが多い
・雑音など聴取環境が悪い状況下での聞き取りが難しい
・口頭で言われたことは忘れてしまったり、理解しにくい
・早口や小さな声などは聞き取りにくい
・長い話になると注意して聞き続けるのが難しい
・視覚情報に比べて聴覚情報の聴取や理解が困難である
以下はAPDに関する実際のツイート(♯聴覚情報処理障害)より一部抜粋したものです。
聴覚情報処理障害の背景要因
原因別割合
下記は、APD症状を示す原因別割合について成人例と小児例を示したものです。
<成人の場合>
●注意欠陥障害
●自閉症スペクトラム障害
●認知的なバランスの悪さ(不注意、記銘力の弱さ)
●睡眠障害
●心理的な問題 など
<小児の場合>
●注意欠陥障害
●自閉症スペクトラム障害
●認知的なバランスの悪さ(不注意、記銘力の弱さ)
●言語発達
●言語環境
●心理的な問題 など
認知的なバランスの悪さとは、発達障害の診断は受けていなくても、不注意傾向がある、こだわり傾向がある、思考の柔軟性が乏しいなど、何らかの特性を示す場合に認知的なバランスが崩れ、聞き取り困難につながる可能性があることを意味しています。
また、小児の場合は、複数言語環境下におかれている影響もAPD症状を示す一つの要因となっています。
APDの背景要因については、現段階でははっきり解明できていない部分も多く、例えば、認知的なバランスの悪さによる聞き取り困難は、発達障害のグレーゾーンなのか、APDなのかは現段階では明確に分類することは難しい状況にあります。
また、心理的問題についても、何かしらの心理的な問題に起因してAPD症状を示すのか、APDのため心理的問題に発展したのか、今後の研究による解明が待たれる状況です。
これまでは「聴覚の神経系の問題(=Auditory processing disorder,APD)」ととらえられてきたが、近年は認知システム(注意、記憶など)の影響も議論されるようになってきた。よって、「Auditory processing disorder」よりも「Listening difficulties(聞き取り困難)」の方が症状を明確に表しているのではないかという提唱もある。
下図は、小渕先生が所属されている国際医療福祉大学クリニックのAPD外来受診者のうち、学歴およびAPD症状を自覚した時期について示したものです。(グラフ:2019.6.15講演資料より引用)
受診者の学歴
APD症状を自覚した時期
APD症状に気付いた時にどうするか
「APDではないか?」と感じた時に、まずは以下について調べることが大切です。
①難聴はないか
わずかな聴力の低下でもAPDと似た症状を示すことがあります。
②ことばを聞き取る力はどれくらいか
「あ」「い」など、20個の単音節を聞き、何個正解したかを%で表す検査のことで、語音聴力検査といいます。APDが疑われる場合は、この検査では問題がない場合が多いです。
※鑑別診断のためには、①②以外にも様々な検査結果を比較する必要があります。
③きこえ以外に気になる症状はないか
視覚的な情報理解はどうか、友人関係はどうか、発話に関する問題はないか、幼少期には問題があったが大人になって軽減したことはあるかなど、きこえ以外に気になる症状はありませんか。
④いつ頃から聞き取りにくいか
幼少期から聞こえにくいのか、成人してから聞こえにくくなったのか、聞こえにくくなった時に何らかの心理的負荷がかかる出来事があったかなど、聞こえにくくなった時期や生活背景はどうですか。
⑤自分はどのような性格やタイプか
自身の性格はどのようなタイプですか。また、人との付き合いは外向的もしくは内向的ですか。
⑥聞こえにくい自覚があるかどうか
自分自身で聞き取りにくさを自覚していますか。周囲からも聞こえにくさを指摘されますか。
⑦(子どもの場合)言語環境はどうか
日本語以外の言語を同時に学習していますか。
⑧言語発達は年齢相応かどうか
言語発達の遅れはみられますか。言語発達検査を受けた結果、聞こえ以外に苦手な部分はありましたか。
もし「自分がAPDではないか」「子どもがAPDではないか」と感じている方がおられれば、一度当センターまでご相談ください。必要に応じて、専門的な検査ができる病院をご紹介したり、どのような支援ができるか共に考えていければと思います。
支援の方法
聞き取り困難に対する支援方法として、環境調整、聴覚トレーニング、代償的な手法の活用、心理的なサポートがあります。
環境調整
①周囲の雑音を低減して、聞き取りの環境を良好にする。
学校や職場の騒音を軽減する工夫を行ったり、座席や配置を考慮する方法があります。
②補聴援助機器を利用する
きこえを補う機器には下記のようなものがあります。
●ロジャー(フォナック)
●フェイストーカー(Jumpers株式会社)
●コミューン(ユニバーサルサウンドデザイン)
●ボイスプラスVP-SP1(オリオン電機株式会社)
●ループヒア102(自立コム)
③話し手側が配慮する
面と向かってはっきり話したり、文字や映像など視覚的な情報を併用することも効果的です。
聴覚トレーニング
様々な聞き取り課題を行う方法や、聞き取りに関わる注意力や記憶力を高めることで相乗的に聞き取り能力を向上させる方法などがあります。
代償的な手法の活用
メモや要約筆記(文字通訳)など、視覚的な情報を併用する方法もあります。
心理的なサポート
友人とのトラブル、いじめ、家庭内の不仲、職場でのミスの連続など、何かしらの心理的問題を抱えている場合、聞き取り困難だけでなく、精神疾患など二次的な影響につながる可能性があります。そのため、必要に応じてカウンセリングなど専門的な支援を受けることが必要になる場合があります。
さいごに
小渕先生の講演会後に参加者に書いていただいたアンケートには、「聞き取りにくさがあり耳鼻科を受診しても、聴力検査では問題がないので気のせいでしょうと言われただけだった」「症状を説明しても職場の人にわかってもらえない」など、APDに悩む当事者の声が多数寄せられました。
APDは他の聴覚障害と異なり、現段階では身体障害者手帳の交付や補聴機器の助成対象にはなっていません。しかし、聴力検査では問題はなくても、実際の生活場面では、多くの方々が聞き取りにくさによる悩みや不安、弊害を抱えています。
聞き取りにくさがあっても誰もが生きやすい社会を目指して、社会的理解を広めていくために私たちセンターも力を尽くしていきたいと思います。