未分類

【きこえのコラム】オーディトリーニューロパシーについて

きこえサポートでは、きこえにくい当事者やきこえに関わる専門家による「きこえのコラム」を掲載しています。
今回は東京大学先端科学技術研究センター 当事者研究分野 熊谷研究室特任助教 勝谷紀子氏によるオーディトリーニューロパシーについてです。

オーディトリーニューロパシー       

勝谷紀子

わたしは今から7年前にオーディトリーニューロパシーと診断を受けた。現在は両耳とも人工内耳で生活している。本稿ではわたしが患っている病気、オーディトリーニューロパシーにまつわることを述べる。筆者は医療従事者ではないので、詳細な医学的説明は他の文献に譲るとして、主な症状などの概要を簡単に述べたのち、この病気を患うことによっての体験、さまざまな耳鼻咽喉科を受診して患者の立場で感じたことを述べる。

この病気は1996年に加我、Starrらによりそれぞれ別の論文で症例報告された疾患で(加我, 2011)、主な症状には純音聴力検査で軽度から中等度の感音難聴であるのに対して言葉の聞き取りが極めて悪いこと、内耳の働きを調べる耳音響放射(DPOAE)は正常であるのに対して音を聞いた時の脳の反応を調べる聴性脳幹反応(ABR)では無反応であることがある (野田ら, 2022)。日常生活では周囲が騒がしいと会話が難しい、複数人の会話、インターホン越しや電話での会話が難しい一方で、1対1の会話はできる(加我, 2011)。

わたしの場合、症状は小学5年生ごろから出ていたが、当時(1980年代)は検査技術が今ほど十分でなく低い音の難聴とまでしかわからなかった。初めて症例報告されたのはわたしが大学を出た年だったが、診断には純音聴力検査だけではなく、語音明瞭度検査、DPOAE、ABRなど複数の他覚的検査が必要なため、町の耳鼻咽喉科クリニックではなかなか診断にたどり着かなかった。中には純音聴力検査の結果だけで「正常」と判断されることもあった。患者目線で考えると、この時に検査の数値だけで判断するのではなく、問診で伝えた言葉の聞き取りづらさ、診察室や待合室でのふるまい、これらの矛盾に気づいてくれたらもっと早くわかったのではないか、と思わなくもない。とはいえ、症状が長期にわたり変遷し、次第に悪くなっていったため、聞き取れるときとそうでないときが入り混じる自分の不思議な聞こえ方をうまく言葉で適切に伝えられない難しさもあった。
治療については、疾患そのものを治す手段がなく、補聴器、人工内耳、FM補聴システムが提案されている(Starr, & Rance, 2015; De Siati, et.al., 2020)。

私自身は病気が判明する前に両耳に補聴器を装用したが聞き取りが良くならず装用をやめてしまい、病気が判明してからあらためて両耳に補聴器を作り直し、その後聴力低下に伴って、2020年に右、2024年に左に人工内耳の埋め込み手術を受けた。人工内耳になった当初は軽度難聴とされていた高校〜大学生ごろの聞こえに戻ったように感じたが、やはり当時とは音質が変わっていてこれまでと違う新しい聞こえ方をつくりあげているように感じる。病気を見つけてくださった先生やつながりのある医療機関に長期にわたり必要な経過観察やサポートを得られたおかげである。聴力の変化に伴い医学的な治療だけでなく福祉的支援や職場での措置も変化した。難聴の問題を長期にわたりトータルでサポートできるような機関があればよいと思う。

脚注
なお、オーディトリーニューロパシーのほかオーディトリーニューロパシースペクトラムディスオーダー(Auditory Neuropathy Spectrum Disorder(ANSD) という概念もあり、後者は先天性を含む若年期発症、前者は思春期から成人期に発症するものとわけて考えられている(野田ら, 2022)。本原稿もそれに従いオーディトリーニューロパシーについてのみ述べる。

文献
・野田昌生ほか (2022) Auditory Neuropathy ENTONI 276号 「耳鼻咽喉科頭頸部外科 見逃してはいけないこの疾患<増大号> 23-31.

・加我君孝. (2011). Auditory Nerve Disease あるいは Auditory Neuropathy—1996 年, DPOAE, 蝸電図, ABR の組み合わせた検査で発見された聴覚障害—. 日本耳鼻咽喉科学会会報, 114(5), 520-523.
・Starr, A., & Rance, G. (2015). Auditory neuropathy. In Handbook of clinical neurology (Vol. 129, pp. 495-508). Elsevier.
・De Siati, R. D., Rosenzweig, F., Gersdorff, G., Gregoire, A., Rombaux, P., & Deggouj, N. (2020). Auditory neuropathy spectrum disorders: from diagnosis to treatment: literature review and case reports. Journal of clinical medicine, 9(4), 1074.

勝谷紀子(かつや のりこ) 

青山学院大学社会情報学部助教、北陸学院大学人間総合学部社会学科教授などを経て2022年より現職。自身も難聴当事者で「難聴者の精神的健康」等が研究テーマ。オンライン交流会「きこえカフェ」や落語活動など、精力的な活動を行っている。


本サイトの掲載内容(画像、文章等)の全てについて、無断で複製、転載、転用、改変等の二次利用を固く禁じます。